「財界」2010.4.6号

真の意味での”城”と”人材活用”

システムセンター社 長
髙松 修身

Takamatsu  Osami

毎日を戦国時代、一日一生、と見たて、企業陣営を強く引き締め、

固めているシステムセンターは、アグレッシブな日々を積み重ねて、

紆余曲折、創業二十五周年を目前としている。

戦国時代のアグレッシブな武将といえば、武田信玄の名が挙げられる。

彼は二十歳の時、父信虎を国外へ追放し、跡目を継ぐ。

それから約十九年後、三十九歳で出家し、信玄と名乗る(それまでは晴信と名乗っていた)。

五十二歳でこの世を去った信玄は、「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 あだは 敵なり」と詠んだ。

この歌には、家臣や領民との深い信頼関係こそが

本当の意味での”城”だという理念が込められている。

その心を表すかのごとく、信玄は生涯自分自身のための

城は建てず屋敷に住んだ(それゆえ”お館様”とは信玄の呼び名)。

「いかにして最小限の被害で敵に勝つか」という戦略に徹した信玄。

絶妙な采配を振るい、強さと結束力を持つ髙松氏。

ともに組織を戮力協心(心をひとつにして、全員で力を合わせる)させる男である。