「財界」2007.01.2号

「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 あだは敵なり」


システムセンター社長
髙松 修身
Takamatsu Osami

二十世紀は世界的にお金や技術、また武力が万能の時代だった。二十一世紀はそうした価値観を転換し、現実を生み出す基にある「心や志」の働きの重要さを再認識するとともに、人間の叡智を回復することが決め手となる時代だ。

毎日を戦国時代、一日一生、と見たて、陣営を強く引き締め、固めているシステムセンターは、アグレッシブな日々を積み重ねている。

戦国時代のアグレッシブな武将といえば、武田信玄の名が挙げられる。彼は二十歳の時、父信虎を国外へ追放し跡目を継ぐ。それからさらに、約十九年後三十九歳で出家し、信玄と名乗る(それまでは晴信と名乗っていた)。

五十二歳でこの世を去った信玄は、人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方あだは敵なり」という言葉を残した。この言葉には、家臣や領民との深い信頼関係こそが本当の意味での“城”だという理念が込められている。その心を現すかのごとく信玄は生涯自分自身のための城は建てず館に住んだ(それゆえ信玄は“館様”(おやかたさま)と呼ばれた。)「いかにして最小限の被害で敵に勝つか」という戦略に徹した信玄。

絶妙な采配を振るい、強固な結束力で結ばれた社員集団を率いる高松修身社長。男の美意識や死生観といった緊張感を漂わせる高松氏に信玄の姿がダブってくる。経済の豊かさだけでは本来の幸せにはならないことを深く体験した男だからこそ、開ける道がある。